不思議な雲と出合いました


子どもの1年ってすごいもので、每日会っていると分かりにくい所もあるけれど、1年前と比べるものがあるとその成長に驚きます。


Pygmy Outdoor Lifestyle School で敬老の日にじいじやばあばにお手紙を送るのも、1年前の我が孫の成長を改めて感じてもらえたら嬉しいな、という思いがあります。


参考記事


子どもにとっての每日って未来への入り口だから、久しぶりに会うとびっくらこいた〜!になります。


と言うか、本当は誰もが未来に向かっているはずなのですよね。


いくつになっても「今」が一番若く、何をするにも「遅い」ってなくて、例え物理的にできないことでもやってみたいという思いを否定する必要はないし、何でもいいから更新することはできます。


よく言う否定的な言葉の「でも、だって、どうせ」は歳を重ねても言わない人は言わないし、若くても言う人がいるってことは、結局「何歳だから」じゃなくて、「自分の思考」の話しなのです。


私は以前東洋医学系の治療院で働いていたことがあるのですが、病になっても病気になっていない人に会うことができました。


その方は50代の女性だったのですが、ある冬の日に毛皮のロングコートに身を包み、素敵にセットされている髪を揺らし、コツコツとヒールを鳴らして来院されました。


そして、リクライニングソファーへ案内された途端にドスンと倒れるように座り、かつらを外しました。


抗がん剤の副作用で髪の毛はまばら、コートの下はやせ細った体でした。


経営者のその方は、每日身なりを整え(本当に素敵でした)社長としてバリバリと働かれていました。そして、倒れ込みに治療院に来られていました。※治療院は痛みを和らげる施術をする場所でした


病になっても「気」をどう持つかで、こんなにも人は違うんだ、生き方って変えられるんだとその方を見て思いました。


ほんと、「今」何を選択し、どう存在するかは誰もが自分で選べるのですよね。それは、制約があっても、命の期限があったとしても。


私は言い訳をしたくなった時にその方をよく思い出すし、言い訳をした時は自分がちょっと恥ずかしくなります。って、言い訳よくしてるけど・・・(笑)


どんなマインドでいると自分の心が喜ぶのかは人によって様々だから、一概に前向きだから良いとは思わなくて、後ろ向きになることもあっても良いと思っているけれど、


後悔しない生き方は現代の日本においてはみーーんな自分で決められるんだと思います。


少なくとも私はそうだから、自分の生き方は自分で選びたいと思っています。


後悔しない生き方は私にとっては「ちゃんとすること」とか「できる自分でいること」とかじゃなくて、「自分のままで向上していくこと」です。


この方のように強さを持ち続けられるかはその時にならないと分からないけれど、今すぐにでも「自分で自分を大切にすること」はできるので、私はそうしていきたいと思います。
(*´ω`*)



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