親が自分を大切にするとは
自分の言い分を通したり
こどもを自分に従わせることをいうのではなくて
自分の「気持ちに耳を傾けること」をいう。
それは同時に
「こどもは自分と違う人だ」と知ることになり
親が自分を見つめれば見つめるほどに
自分とこどもの「違い」は明らかになる。
自分を大切にしていくと
自分とは違う存在が出てくるものなんだ。
その時に
自分と違う意見や感覚を持つこどもを
否定することも
拒否することも
排除することも必要なくて
自分と違う人がいるということを
ただ「そうなんだ」と認めることが大切になる。
なぜなら
相手にしていることは
自分にしていることと同じだから
相手の存在を認める行為は
自分を認める行為となり
自分と違う存在があることを受け容れることは
自分そのものを受け容れることと同じになるから。
「自分を大切にする」という感覚は
自分以外の人の存在を尊重することと
いつでもイコールになる。
自分をほんとうに大切に扱っていたら
自分とは違う我が子を認められるものなんだ。
「大切にする」という言葉は
尊重の上にしか存在しないんだよ。
我が子と違う自分も
自分と違う我が子も
素晴らしい「個」という存在。
両方尊重された、大切な人。
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