笑顔を見れる権利・・♪


シングルマザーで子どもと暮らしていた8年間の中では、子どものことが「好きだ」という気持ちだけではやっていけないこともたくさんあって、


心身ともに疲れてしまったり、未来を不安に思ったり


基本的に後悔はしないタイプの自分が「本当にこれで良かったのか」と過去を振り返ったり、


大変だな、苦しいなと思うことも多くありました。


だけど、今振り返っても一緒にいることで得る幸せの方が多くて


子どもが10歳になる今も、変わらずに共に暮らす喜びを感じています。


赤ちゃんも子どもも、国によっては自力で生活することを強いられるところもあるけれど、基本的に一人で生活していく力を多くは持っていません。


本当は、親だからとか産んだからとかの範囲を越えて、


産みの親でもそうでなくても、子どもの生活を支えることは大人としての当然の「役割り」なのですよね。


そうじゃなければ命は繋がらないし、人類は滅びてしまいます。


だから、親になってももし子どもの生活を支える力がないならば、施設や他に子どもを支えてくれる人に子どもを委ねることは、いけないことでも悪いことでもなく、


その子が生きる権利を持つ為の大事な行動なのだと思います。


「SEKAI NO OWARI」というバンドの1つの曲の中に


『誰かを助けることは義務じゃないと僕は思うんだ


笑顔を見れる権利なんだ


自分のためなんだ』


という歌詞があるのですが、その言葉を借りると


子どもを産み育てることは義務じゃなくて、


笑顔を見れる権利で自分のためなんだ、と言えるのですよね。


※「SEKAI NO OWARI」というバンドの歌は息子の小学校の運動会の時に流れていて知ったのですが、小学生がこういった歌詞を耳にできるのはとてもいいなーと思いました。この歌詞は「Hey Ho」という曲です。


シングルマザーで大変な思いもしたけれど、笑顔を見れる権利を私は手にしていたんだと思うと、息子という存在や産んだ自分に感謝の気持ちが湧いてきます。


それに、施設に委ねられた子どもは、衣食住を確保し生きる権利を手にして、


委ねられた施設や人は、義務ではなくてその子と一緒にいれる権利を手にする


こんな思いが前提にあったら、施設暮らしというものがもっとポジティブになるように思います。


「子どもを産み育てることは、義務じゃなくて笑顔を見れる権利」


この思考がベースにあるだけで、子どもにも大人にも自然と笑顔が増えるんじゃないのかなと思います。


ついでに言うと、


赤ちゃんの頃や幼児期に親は無条件で我が子を愛し、そして、無条件に愛される体験をします。


これこそが赤ちゃんや子どもと暮らす人に訪れる愛し愛されるという「権利」で、


その権利をもらえることで完結することが、親子の幸せに繋がると思っています。


これ以上に与えたり、与えられようとしたりすることは必要ないし、本当は親孝行も親不孝も存在しないものなんだと思います。


「たくさん愛した、たくさん愛された」


これで親子関係は完結し、


その後は、共に暮らすパートナーとしてそれぞれが幸せに生きることで、家族という団体がより楽しいものへと育っていくのだと思います。


私は既に今目の前にいる息子とお腹にいる赤ちゃんからたくさんの幸せをもらっています。


彼らの親孝行はもう終わっているので、彼らに求めることがあるとしたら


自分の人生を自由に楽しんで生きてほしい、です。


そして、私も自分の人生を自由に楽しんで生きたいと思います。








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